KUMIKO便り

KUMIKOの番人が日々を綴ります

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KUMIKOの番人が日々を綴ります
2013年03月03日

☆桃の節供☆

本日は桃の節供ですね。
今朝は雪がちらつきましたが、日中はKUMIKOの外でも3度まで上がり、穏やかな一日となりました。

先々週はこの冬一番の寒さでマイナスまで気温が下がり、その前の春のような暖かさから急転直下、なんとも激しい三寒四温と思ったものですが、5日は早「啓蟄」です。春はもうすぐです。

ところで、桃の節供というのは、リアルに桃が咲く頃の行事という以外に
桃が邪気を払う力があるから桃の節供というのだと、今朝NHKラジオで言っていました。

そういえば、古事記にも、桃の神聖さについて書かれている章がありますね。
そう、イザナギとイザナミが出てくるあの部分です。
KUMIKO番人は高校の授業で習った時、茫然&あっけにとられたのでいまだ忘れられずいます。
少々番人意訳になりますが荒筋をざっと書いてみましょう。

イザナギとイザナミは二人で様々な神を生み、着々と日本の国作りを進めていきます。
しかし、火の神を生んだイザナギはその火のせいで亡くなってしまします。
(神は死なないので黄泉の国に移動した)
黄泉の国へ行ってしまった恋しい恋しい妻イザナミがどうしても忘れられないイザナギは、妻を追って黄泉の国に行きます。
(このあたりまでは、思春期の夢見る乙女にはなんともロマンチックな恋愛小説)

しかし、現世へ妻を連れ帰る途中、
黄泉の国を出るまでは振り向いて見てははならぬという約束を、イザナギは我慢しきれずに破ってしまいます。

後ろを振り返ったイザナギの目に飛び込んできた腐った死体姿の妻イザナミ。
(今流にいえばいわゆるゾンビですな。このあたりの古事記の記述はなかなかリアル過ぎて番人にはとてもとても書けません)
イザナギは驚き、ほうほうのていで逃げ帰ります。
この時、迫ってくるゾンビを追い払うのに桃を投げつけて難を逃れ、黄泉の国と現世との境の岩を閉めて助かったというお話です。

この時、クサカ先生は桃には穢れを払う力があるから、撃退できたのだとおっしゃっていました。
先生は旧制高校の出身。未だ忘れられない名物先生です。
腰に手拭いをぶら下げた下駄ばき姿は、女子高生にとってばんからな旧制高校生へのロマンをかきたててくださる存在でした。
しかし、ロマンチックな想いは女学校出身の先生の一言で、無残にも夢破れたことも記憶に焼き付いています。
「ばんから」なんて、あのマントのような学生服は洗濯もしてないから汗臭いだけよ。・・・って。
・・・・余談でした。

もう一つ余談を。
桃の節句に頂く、蛤のうしお汁にも素敵な意味が込められています。

ハマグリは漢字からも推察できますように、ピッタリかみ合うのは一対しかありません。
どれも同じに見えても、不思議に一つしかかみ合うものがないのです。
これは、唯一無二の伴侶に巡り会えますようにとの願いを込めての料理なのだそうです。

江戸時代のお姫様の御輿入れ道具を資料館などで見ますと、内側が金色で、外側が錦の漆塗りの雅びな蛤の玩具があります。
これはそんな願いも込められた嫁入り道具なのです。結婚も政治手段の一つだった時代だからこそ、ロマンチックな想いを感じますよね。

須賀川の和菓子店に、蛤に乗ったお雛様が飾られていました。
おかみさんの妹さんの手作りだそうです。

では、今週もお元気でお過ごしくださいね。

福島の木の家KUMIKO番人より