KUMIKO便り

KUMIKOの番人が日々を綴ります

KUMIKO便り

KUMIKOの番人が日々を綴ります
2013年08月04日

☆言葉☆

昨日、東北が梅雨明けした模様、と発表されました。
やっと夏らしい陽気になりますね。
今朝のKUMIKO近くの田んぼです。
空は夏。
桃の直売も始まりました。

先々週、KUMIKO便りで「いくら草刈りをしても、次の週の土曜日には又元のように雑草が伸びてなんと草刈りは徒労なのだ」と愚痴った私に、木の家講座で講師をして下さっている樹木医先生から素敵なメッセージが届きました。

『草刈りは無駄ではありません。』
『なお且つ、草刈りは園芸療法の一つでもあります。』

もくもくと草刈りをすると様々な事が忘れられ、ストレス解消になると温かい言葉が綴られていました。

確かに夢中になって地べたに這いつくばって草を抜いていると、あまり他の事は考えなくなるかもしれません。
樹木医の先生はいつも良い面のみにスポットを当てる捉え方を示して下さいますので、とても気分が良くなります。
大袈裟と云われるかもしれませんが、言葉一つで心持ちが変わるものです。
お蔭様で、今日は「山椒魚」は微塵も頭に浮かばず、鼻歌まじりで雑草に向き合えました。

そんな、物事への捉え方、或いは言葉の選び方に関して書いたコラムを須賀川市内で発行されている情報誌に見つけましたので転載してみます。
<阿武隈時報社発行「あぶくま時報」2013.8.3号『交差点』より>

“言葉”
「自分は、何をやっても遅いし、トロいからてきぱきと行動できる人が本当にうらやましい。こんな自分はとても嫌だ」と友人は言う。
この言葉は、いつも聞く友人の口癖だ。
幼い頃から家族にそう言われ続けてきたことで、「遅い、トロい」の言葉は彼女のトラウマ(心的外傷)となり、現在に至っている。
果たして彼女は、本当に「遅く、トロい」だけの人間だろうか?
~略~
筆者から言わせてもらえば、彼女の動作は、せせこましくなく、ゆったりとし、優雅ささえ、醸し出している。
中略
マイナスに言えば、いやな感じだけが残り、トラウマにさえなってしまう。
ましてや幼い頃から言われ続ければ、心に深く擦り込まれ、悪い響きだけが染み渡る。
しかしながら、~略~「ゆったりとして大好きだよ」と幼い頃から言い続ければ、如何なものだろう。
恐らく、自分自身に自信が持て、もっとプラスの生き方が出来るのではないのだろうか。
後略

自らに起きたことを捉える際に、物事の良い面に目を向けるように心がけるのはとても大事なことですが、
目の前にいる人に対してもプラスの面を評価するように心掛ければ、どれほど相対する者同士優しくなれるでしょう。
同じ日の別の紙面に全く別の記事ですが、それに続くかのような文章が載っていました。

「満足度の高いカテゴリーを伸ばすことで、低く自己評価するカテゴリーを支える」

先週まで、あれほどため息ついて雑草だらけの庭を見ていた番人ですが、今週はメガネに汗が滴り落ちて草が見えづらくなっても鼻歌まじりで抜き続けることができました。
これは、ひとえに樹木医先生の相手を思いやる気持ちが届けられたからでしょう。
あなたが頑張ってることちゃんと知ってるよ。
だから無理しないで。 不安にならないで。
いまのまんまのあなたでいいよ。・・・って。

こんな素敵な方に教えて頂ける「木の家講座」秋の編は来月16日から始まります。
山や樹の持つエネルギーで元気になれるだけでなく、お話を聞いているだけで気持ち良くなってふんわりあったかい心持ちで帰路を辿ることができる講座の再開、あとひと月です。
参加者の皆様、どうぞお楽しみに。

最後に、先日出会った美しい仏様と足元に彫られてあった「和顔愛語」を皆様に贈ります。

では、夏到来、水分と笑顔で元気にいきましょう。

福島の木の家KUMIKO番人より