KUMIKO便り

KUMIKOの番人が日々を綴ります

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2013年05月20日

☆新生 歌舞伎座☆

建て替えが進んでいた歌舞伎の殿堂、歌舞伎座が3年かけて生まれ変わり、先月杮落しが行われました。
檜舞台とは晴れの舞台の代名詞ですが、
文字通り、歌舞伎座の舞台はヒノキ板で造られています。
丹沢山地で百年を超えて育てられた檜です。

今回は生まれ変わった歌舞伎座を、NHKナレーションの言葉を借りて「伝統」をテーマに書いてみます。

世界最大の檜舞台に使われるのは、丹沢の山地で百年かけて育てられた檜。
加工したのは三重県の松坂。
松坂から届いた3千枚の檜板が、神戸から運ばれた高さ16,5m、350tの巨大回り舞台に乗る。

木目の美しい檜板は、一本の木から2~3枚しか伐り出せない。
貴重な檜を檜板へと生まれ変わらせるため、伊勢神宮のお膝元で磨かれてきた技が発揮された。
丹沢から運ばれた檜を1年3ヶ月かけて天日で乾燥した後、更に1週間かけて遠赤外線による低温乾燥で水分を抜く。

この日本一の檜舞台が俳優たちの真剣勝負を受け止める。

以前の歌舞伎座は音響の素晴らしさで知られていた。
新生歌舞伎座医も以前と変わりない素晴らしい音響を実現させた。
それも代々受け継がれた技。
尾上菊五郎の弁天小僧(弁天娘女男白浪)の名台詞。
「知らざぁ言って聞かせやしょう」張りと艶のある声が劇場に響き渡る。

歌舞伎座の隅々にまで注がれた日本の職人の技。
屋根の10万枚の瓦は三州瓦。
絨毯は山形。
大提灯は神田。
大緞帳は日本画の重鎮上村淳之の「水辺の四季」を一日に一〇センチずつ織りあげた。
高さ6.3m 幅27.5m。

新生歌舞伎座は
職人の知恵と技、受け継がれてきた誇り、伝統を
変えないで受け継ぐ。

この変えない事がどれほど困難を伴うか。
それを粛々と行う職人達のことを伝えてみたくて書きました。

KUMIKOも伝統構法で造ります。
木組みの技、それ以前に、その原材料となる木を育てる技。
こういった技術も絶やすことなく人から人へ伝えていかなくてはなりません。

昔読んだ建築の教科書に書いてありました。
私達がいくら紙に図面を書いても建ててくれる大工がいなくては家は建たない。
紙は残せるが、技は修練によって人から人へと受け継がれなくては残せない。
親方から弟子へと伝えるには、伝授する現場と長い時間がなくては育てられない。
・・・当たり前のことなのに、衝撃を受けた記憶があります。

東日本大震災で震度6強に見舞われた須賀川。
何一つ壊れず、物も落ちなかったKUMIKOの、木組みの力に驚いたのはむしろ私達の方でした。
強いと確信を持ってはいましたが、これほど強いとは思わなかった、というのが正直な思いです。
(もちろん、大臣認定を取るには実証実験から結果を導きださねばならないのですが)

快適で、優しくて、シックハウスの心配が無くて、柔軟で強い、そして暖かい。私達はKUMIKOを新古民家と呼んでいます。
この伝統の木組みの技を伝えていきたいと思います。

では、今週も素敵な一週間でありますように。

福島の木の家KUMIKO番人より