KUMIKO便り

KUMIKOの番人が日々を綴ります

KUMIKO便り

KUMIKOの番人が日々を綴ります
2015年08月02日

☆玉音放送☆

KUMIKOの外では昨日から最高37度という高温が続いています。

この2日、真夜中でも30度を下らないのにも驚いていますが、もっとびっくりしたのは昨日KUMIKOの近くで目にした、道路上にある気温表示棟の43度のデジタル表記。壊れていた??

皆様、くれぐれも熱中症に気を付けてくださいませ。
意外に注意すべきは夜間だそうです。

さしものKUMIKOも土曜の朝出勤した時は30度ありました。(月~金はクローズ)
過去5年で初めてです。
ただ、数字だけ聞くと暑そうですが、事務局(建築工房→番人は土日以外こちらにいます)の30度とは全く違い、ほんのりあったかく感じる程度でした。

30坪のKUMIKOには端っこの部屋に6畳用のエアコンがついているのみですが、ちょっと動いて頂くとほぼ28~9度と快適で穏やかな涼しさに落ち着きます。
クーラーが苦手な番人も大丈夫。
暑い建築工房から週末避暑に来ているよう。
杉の木に包まれる爽やかな心地よさに幸せを感じます。

本日のKUMIKOです。この写真から36度の暑さが伝えられず残念・・

昨日、終戦から70年目の8月がめぐってきた初日、宮内庁が「玉音放送」を録音原盤から再生し公表しました。

多くの方がテレビドラマで幾度となく耳にしたことがある「堪え難きを堪え、忍び難きを忍び・・・」の玉音放送です。

このフレーズのみしか戦後生まれの私たちは知りませんが、70年前のその日、放送を聞いていても「雑音が多いうえ、難解な漢文体で、内容が分からなかった人が少なくなかった。」(朝日新聞8/1社説)そうです。

今回、そんな方も含めて、できる限り多くの人に一度は読んで頂きたいと思い、ここに同日朝日新聞に載った現代語訳全文を掲載させて頂きます。

以下、1945年8月15日正午、ラジオから流れた昭和天皇の「大東亜戦争終結に関する詔書」です。

私は、深く世界の情勢と日本の現状について考え、非常の措置によって今の局面を収拾しようと思い、ここに忠義で善良なあなた方国民に伝える。

私は、日本国政府に、アメリカ・イギリス・中国・ソ連の4国に対して、それらの共同宣言(ポツダム宣言)を受諾することを通告させた。

そもそも、日本国民の平穏無事を確保し、すべての国々の繁栄の喜びを分かち合うことは、歴代天皇が大切にしてきた教えであり、私が常々心中強く抱き続けているものである。先にアメリカ・イギリスの2国に宣戦したのも、まさに日本の自立と東アジア諸国の安定とを心から願ってのことであり、他国の主権を排除して領土を侵すようなことは、もとより私の本意ではない。

しかしながら、交戦状態もすでに4年を経過し、我が陸海将兵の勇敢な戦い、我が全官僚たちの懸命な働き、我が1億国民の身を捧げての尽力も、それぞれ最善を尽くしてくれたにもかかわらず、戦局は必ずしも好転せず、世界の情勢もまた我が国に有利とは言えない。それどころか、敵国は新たに残虐な爆弾(原子爆弾)を使い、むやみに罪のない人々を殺傷し、その悲惨な被害が及ぶ範囲はまったく計り知れないまでに至っている。

それなのになお戦争を継続すれば、ついには我が民族の滅亡を招くだけでなく、さらには人類の文明をも破滅させるに違いない。そのようなことになれば、私はいかなる手段で我が子とも言える国民を守り、歴代天皇の御霊(みたま)にわびることができようか。これこそが私が日本政府に共同宣言を受諾させるに至った理由である。

私は日本と共に終始東アジア諸国の解放に協力してくれた同盟諸国に対して、遺憾の意を表さざるを得ない。日本国民であって戦場で没し、職責のために亡くなり、戦災で命を失った人々とその遺族に思いをはせれば、我が身が引き裂かれる思いである。さらに、戦傷を負い、戦禍をこうむり、職業や財産を失った人々の生活の再建については、私は深く心を痛めている。

考えてみれば、今後日本の受けるであろう苦難は、言うまでもなく並大抵のものではない。あなた方国民の本当の気持ちも私はよく分かっている。しかし、私は時の巡り合わせに従い、堪え難くまた忍び難い思いをこらえ、永遠に続く未来のために平和な世を切り開こうと思う。

私は、ここにこうして、この国のかたちを維持することができ、忠義で善良なあなた方国民の真心を信頼し、常にあなた方国民と共に過ごすことができる。感情の高ぶりから節度なく争いごとを繰り返したり、あるいは仲間を陥れたりして互いに世情を混乱させ、そのために人としての道を踏み誤り、世界中から信用を失ったりするような事態は、私が最も強く戒めるところである。

まさに国を挙げて一家として団結し、子孫に受け継ぎ、神国日本の不滅を固く信じ、任務は重く道のりは遠いと自覚し、総力を将来の建設のために傾け、踏むべき人の道を外れず、揺るぎない志をしっかりと持って、必ず国のあるべき姿の真価を広く示し、進展する世界の動静には遅れまいとする覚悟を決めなければならない。あなた方国民は、これら私の意をよく理解して行動してほしい。

(協力=国文学研究資料館・寺島恒世氏、国立国語研究所・間淵洋子氏)

社説には、こうあります。『(玉音)放送を境に、それぞれの戦後史が動き出した。当時を生きた人もそうでない人も耳を傾け、あの戦争から学ぶべきことに思いをめぐらせたい。』

同新聞の「終戦のシンボル 次代へ」と題した社会面には、聖路加国際病院(東京都中央区)名誉院長の日野原重明氏(103歳)のインタビューを載せています。
「(放送は)国民が再帰するために必要なセレモニーだった。戦争は全てを壊す。陛下の言葉を次の世代に教訓として知らせるべきだ」
日野原氏は聖路加国際病院の中で250人の職員と共に玉音放送を聞いたそうです。

今回、安保関連法案に不安を感じる今だからこそ、あえて載せてみました。
8日にはポツダム宣言受諾をめぐる舞台裏を描いた映画「日本のいちばん長い日」が公開されます。
ここで、昭和天皇役の本木雅弘さんがこの「大東亜戦争終結に関する詔書」を読みます。授業ではあまり習うことのできなかった近現代史、そしてその裏の真実をぜひ見てみたいと思っています。

まだまだ酷暑は続くようです。
当会のスタッフは夏風邪っぴき中です。
夏こそ栄養と休息が大事です。
皆様くれぐれもご自愛くださいね~。

では、また来週お会いできますように・・・
ご機嫌よろしゅう。

福島の木の家KUMIKO番人より